Category Archives: 2015manaさんイベント

それでいい。

2015-12-06(日)

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「まだ死なないでしばらく生きているのも悪くない、
 腹が減ったら食べ飲みたいときに飲みやすらかに眠るだけ。
 今の私は死ぬのもよし生きるのもよしの心境だ、
 よくぞここまで来た、よくぞここまで来た 白楽天」

中国の詩人白居易(昔の人)の、自分の老いを喜ぶ詩。
ふとこの詩に出会い、書きとめておきたくなったよ。

先日、manaさんのフラワークに参加して、中島みゆきの「糸」を踊った。
踊るのは初めての曲だけど、1年前にこの踊りが誕生して、manaさんが踊るのを何度か目にしてきた曲。
とてもいい曲だし、manaさんの踊りも心がこもっていて素晴らしい。
が、自分自身がすごく踊りたいと思っていた曲ではない(そもそも最近では踊りたいという気持ちもあまりない)。
たまたま別府でのフラワークがこの曲になったから、参加した。

manaさんと参加したみんなと踊る時間。
部屋の空気が一体になって、まるでそれは海に浮かんで、ただ波を感じている1本の流木になっていた。特にmanaさんのすぐ後ろで躍る時は、二人の作りだす世界にたゆたうだけ。
ステップや手のモーションについて丁寧な二人の解説を聞く。
でも、頭はぽっかり空いたままで(寝不足だったからね)、ぼーっとしていた。

だけど、その夜、manaさんたちがちょっと驚いたように言うんだよ。
「エマちゃん、上手になっていたよ。足がちゃんと動いているんだよ」って。
「えっ、そうなんだ!」って嬉しくなって、なんでかな?って少し考えた。
以前の私と何が変わったんだろうかって。ステップの練習も踊りの練習も今は皆無。

多分、躍る時にどんどん考えなくなっている。
覚えようとか、うまくなりたいとか(時々は思うよ)、このワークから何かを得ようとか、考えなくなったのは確か(2年前に比べると)。

manaフラに出会った時、とても感動した。
心が解放されて、愛のようなものが全身をかけめぐり、躍ることの素晴らしさを体感した。
笑いがあり、涙があり、いつも喜びに包まれていた。
そして、気がつけばそんな感動を毎回manaワークに期待していたのかもしれない。
manaさんワークは期待をうらぎることはなかった。

でもって、今は期待がない。
あるのは、manaさんの二人と偶然居合わせた人たちと、同じ時間を体験するということ。
躍ることで何かが得られたり、変わったりすることは、あってもなくてもいい。
ただあの波を体感する。繰り返す波は同じに見えても、瞬間瞬間違う波だから。

踊っても踊らなくてもいい。
日常であっても旅の途中でもいい。
観客がいてもいいし、いなくてもいい。

船底にくっついた貝や海藻をそぎ落としながら、船は快適に進んでいくのだ。

泣いてもいいよ。

2015-07-10(金)

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これは、わたしのペレラブバード。
よーく見ると、右目に涙がポロリ。
もっとよーく見ると左目に涙が浮かんでる。

型のりをおいた時、のりがはみ出してしまった結果、
色の染まらない部分が出てしまった。
まあちょっとした失敗。

でも、涙目のペレバードに心ひかれる自分がいるの。
それは、怒りの根っこは、悲しみだって気づいているから。
悲しくて、みじめで、心細くて、ひとりぼっちで、
その痛みはいつのまにか「怒り」に変換されている。
小さな自分を守るために。

アイアロオペレは、キラウエア火山の火の女神さまの踊りだから、
迫力満点。殺気すらある。
それを赤い衣装をきた40名の女性たちがいっせいに踊るのだから、
たぶん怖くて圧巻の風景だろうなと思った。
怖いものみたさで、はるばる沖縄からやってきた。

でもね、本番、わたしが観客席からみたものは、
ただただ一生懸命に今を生きるあたたかい身体をもった女性たち。
怖くなんてなかったよ。泣けてきたよ。

「いきるために うまれてきたのだ わたしのいのち
きょうも うたうよ いのちのうたを」

manaさんドールが完成した時に、きこえてきたうたそのものだった。

ペレをめぐるわたしの物語

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「アイアラオペレ」をとおして生まれたペレラブバード。
manaさんが話してくれたペレのストーリーやペレを踊ることで湧き上がってきた感情のお話。
合宿から帰ってきて、胸の奥で感じてみた。

初めてmanaさんに「ペレを踊るとね、自分でも気がつかなかった怒りの感情が沸き起こってきて、爆発する。そういうことがたくさんの人に起こっている」というような話をきいて、そりゃ大変だと思った。
でも自分自身は「怒り」に対して、または怒っている人に対して、距離を置いている。
怒りという感情に巻き込まれないようにしていると言えばいいのか。
トラウマとか心の傷とかについてもそう。
癒されるために、いろんな痛みを虫眼鏡で見るように探す必要はあるのかなって。

だから「ペレを踊りたいか?」と問われれば、今は別に踊らなくてもいいと思っていた。
しかも、「総勢20名のペレ強化合宿」だなんて・・・。

今となってわかるのは、わたし自身が、誰かの「心の闇」恐怖症だったのかもしれない。
しかもそれが集団のなかで触発されて大きな闇になっていくことが、ほんとうに苦手。
これこそわたしのトラウマか(笑)。

だから、この1年半くらいは、極力、自然や動物との直接対話を心がけていたし、
スピリチュアルな香りのするイベントや人からは遠ざかっていた。
人は誰しもスピリチュアルな存在だと思うし、それを集団で目指さなくてもいいし、
華やかなイベントも、資格も講座も、本質的じゃないなってつくづく感じてね。

話が少しそれてきちゃったけど、manaさんのペレ合宿に行って、
集団で踊って、はじまりと終わりの心のシェアタイムをして、
人の心の傷なんかもチラチラ見えたりして、
最終的にはわたしの心は大丈夫だったんだよね。
大丈夫っていうのは「ここでみんなと時間を一緒に過ごせてよかった」って思ったの。
心の境界線を保ちながらも、たくさんの人と共感もできた。

合宿はゴールをむかえ、参加者の心が高まるなか、
「ペレの踊りにはあまり興味がなかったし、大勢の人と合宿するときいてやめようかと思ったけど、飛行機のチケットがもったないから来た。たくさんの人を見られてよかった」なんていうわたしの浮きまくりの感想も、意外なほどにみなさんに温かく受け取ってもらえてね。

そんなこんなな時を経て(約一ヶ月間)、生まれたのが「ペレラブバード」だったのだ。
バードの表情は真剣だよ。
だって、「わたしは生きているよ。愛でこころがパンパンだよ。みつめてよ、わかってよ!!」
って、全身全霊をこめて叫んでいるから。自分の今いるところは闇だと思っているかもしれない。
一筋の光をたよりに、かきけされそうな自分という存在を必死に訴えているから。

でも、ペレラブバードをみた人たちは、まず笑ったよね。
「かわいい〜、おかしい〜」って。

神さまから見たら、わたしたちも「かわいくて、おかしくて、愛しい」存在なのかもしれないよ。
うん、きっとそうだよ。
闇はね、闇じゃなくなる時がくる。
かわいくて、おかしなわたしたち。

KE’OLA、よかったよ!

2015-07-08(水)

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manaさん活動がはじまって、今年で10年の記念すべき「mana Live」。
去年は行けなかったから、わたしにとってははじめての「KE’OLA」。
東京に行く直前だし、行くのは無理かなと思ったけれど、
どうしても見届けたくてね、飛んできたよ。

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会場前から、入口の前では整理券をもった人たちが列を作っていた。
わたしもはりきって、29番の券をもって入場。
椅子席の斜め前方。これでばっちり見ることができる。

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manaさんのDVDの横で、コトリ工房も出店させてもらい、manaさんドールとペレバードールを販売したよ。でも、実は一般のお客さんの入場前にほとんどが売れてしまったの。
ペレを踊る仲間たちが喜んで買ってくれてね。
manaさんは心配してくれて、仲間たちにはあとで送るってことにして、なるべくお客さんに買ってもらったらって。でもね、なんでこれを作ったのかなって思ったら、manaさんをはじめとするケオラに関わってきた思いれの深い人たちに、この素晴らしい思い出とともにバドールがよりそえたらいいなと。
だから、わたしにとって精一杯の40個だったけれど、ほしいと思ってくれた時にすぐに渡せてよかったんだと思った。快くこのような機会を作ってくれたmanaさんと、喜んで買ってくれたお客さんに感謝。

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で、KE’OLAはね、manaさんたちがしゃべっている時は笑い、
踊っている時は泣いていたよ。
こんなにたくさんの人たちに喜ばれる踊りを続けてきたmanaさんたちに泣けてきたよ。
舞台の裏では、たくさんの感情が日々生まれ、笑ったり、怒ったり、悲しんだり、喜んだり。
manaさんたちはなんでこんなにいつも一生懸命なんだろうって思う時があるけれど、
きっと理由なんかはないんだね。
manaさん踊る、みんな見る、笑う、泣く。

manaさんがおばあちゃんになるまで、わたしもmanaさんフラを見続けたいな。

脱力したペレたち

2015-07-07(火)

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manaさんライブツアーから帰ってきた翌日、一日中身体に力がはいらない。
長距離の移動(沖縄から7時間)と、熱気と、寝不足と、筋肉痛(みんなと踊ったよ)と、沖縄の猛暑と、
いろんなことが疲労になって、全身がぐったり。
赤いスムージーをのんで元気を取り戻そう。

でも、心はまだウキウキ楽しんでいるし、幸せな昂揚感が続いている。
2泊3日とは思えないほどの、濃厚な時間だった。

わたしは観客だけれど、ペレ軍団と一緒にmanaハウスに泊まらせてもらったり、
とあるカフェで一緒に働いたこともあるシェフのちーちゃんと料理をしたり、
みんなでごはんを食べたり、おしゃべりしたり、
会場ではバードールの販売をさせてもらったり、
そんな時間を過ごした。

ライブも翌日は信じられないことに(本試合のあとに練習試合をするmanaさんの体力がね)、
フラワークで「童神」を踊ったり、老人ホームに慰問にいったり(ペレをまた踊った!)、
みんな体力と気力の限界を感じつつも、なんだか幸せだったな。

前日のライブでペレを踊り全力を出しきった参加者のみなさんの、
本番とは一味違う「アイアロオペレ」もよかったんじゃないかな。
もう怒りとか情熱とか、そんなことは小さく感じてしまうほどの脱力感。
そんな姿にフラワーエッセンス「バーベイン」を感じたよ。
manaさんたちが、この一か月お世話になったレメディー。

人は時々、思考停止状態までいってみると、大切ななにかがのこるのかもしれない。

開演です「KE’OLA」!

2015-07-05(日)

ついに第7回 manaライブ「KE’OLA」幕があがります。
まずは、総勢40名の赤い集団が踊る「アイアラオペレ」から。
舞台にはのぼれないけれど、観客席から心をあわせます。

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manaさんドール

2015-07-03(金)

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コトリ工房のバードールは、名前のとおり「小鳥型ドール」。
そして時々、植物だったり、そのたのやさしい動物たちが登場する。
なぜなら、小鳥や動物や植物たちが好きだから。

人が嫌いなわけじゃないよ。
だけど、バードールにしたいと思うほど、心にせまってこない。
だから、人型バードールはなかなか生まれなかった。

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でもね、ついに人類初登場「manaさんドール」がうまれた。
フラダンサーmanaさんに出会ってから、まだ2年も経ってないのだけど、
manaさんをめぐる濃ゆい出来事がたくさん巻き起こって、
一緒に泣いたり、笑ったり、悩んだり、怒ったり、喜んだり、
たくさん共感したよ。

それはきっと、わたしだけではなく、manaさんに出会った人たちみんなもそうだと思う。
だって、manaさんはいつも体も心も魂も体当たりで、わたしたちと踊ってくれるから。

グリとグラとリモちゃんが小鳥界とわたしを結んでくれるように、
猫のグスクが猫界とわたしをつないでくれたように、
manaさんは人間というおもしろい生きものに近づけてくれた。

今まで、人のバードールを作ろうと思ったことが2度ある。
一人(一組)はmanaさんで、もう一人はタイに暮らすナラテボーさんというお坊さん。
ドールにして、みんなが持ち歩けるようにしたら、ハッピーな気持ちになれるかもしれない。

manaさんドールの完成写真は、manaさんに見せてからお披露目しましょうね。

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ペレラブバードール

manaさんのペレ強化合宿から帰ってきて、いろいろ感じて、
舞台には参加しないけれど、manaさんの観客として、友だちとして、「ケオラ」に行こうと決めたんだ。
20名の仲間たちと踊ったり、manaさんの新たなチャレンジをみたり、
そのなかでわたしの感じたことをバードールで表現しようとふと思いついて、約一ヶ月しかないけれど、可能かどうかわからないけれど、取り組み始めた。

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福岡行きのチケットを予約して、manaさんたちにケオラに行くことを伝えて、
バードール製作がはじまった。
まずは、ペレのイメージを頭のなかで思い浮かべた。
やっぱりキラウエア火山の自然が浮かんできたし、ペレのやっかいな情熱(怒り)ってどこからきているんだろうかと思ったし、怒るにしろ、愛するにしろあふれんばかりのエネルギーを感じた。
ペレ合宿に参加した仲間たちも、踊りに情熱をもっていたなーって。

ペレのバードールを作りたいと思ったけれど、人というよりは、溶岩とかマグマとか赤のイメージが浮かんできた。紙に色鉛筆で描き始めると、それはラブバードのグリだった。
赤、緑、黒。たしかにキラウエア火山の要素がはいっている。
そしてグリを代表とするラブバードの性格は、まさにペレでもあった。
愛と切望でパンパンにふくらんだかわいいラブバードの顔。

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これを、型用のデザインにおこすと、こんなふうになり。
少し迫力でてきたね。

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型ができて、色をつけはじめると・・・、なんか怖い感じになってきた。

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色を全部いれると、やっぱりかわいいな。
でも二つのまーるい瞳を見つめていると、ハレマウマウの深い暗闇にひきこまれていく。
わたしも知らないわたしの中の闇。

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裏はいつものバードールのようにうしろ姿ではなく、赤くしたかったから、茜染をした。
深い赤が出したくて、3度染め。

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そうしてついに完成。
バードールの要「まーすハート」の調合はいつもと少し変えた。
フラワーエッセンスの「ホリー」を塩にまぜた。
なぜかというと、ペレのことを想っていると、どうしても「ホリー」の性質が浮かんでくるから。
怒りや憎しみ、恐れなど愛以外の感情に、光をさしこんでくれるエッセンス。
ホリー(西洋ヒイラギ)とグリの色も「赤、緑」と共通する。
元気の素でもあり、怒りも意味する赤。
調和、平和でもあり、妬みも意味する緑。
とフラワーエッセンスの本に書いてあった。
まさにペレを感じるね。

怒りや恐れや憎しみは、愛の本質からそれ、大いなる流れから隔離されて、
孤独と苦しみを生む。
わかっちゃいるけど、人は時々そんなふうに自らを苦しめてしまう。

それは、外や他者からの攻撃ではなく、自分の内側からくるもの。
その内なる暗闇に、深く深く光をさしてくれるのが「ホリー」なのかもしれない。

今、ホリーを生まれてはじめてのんでいます。
出てくるね、いろいろ。この苦しみをつきぬけたところに、いつかだどりつきたいな。

ペレを想う

2015-06-05(金)

manaさんのアイアロウペレ合宿から帰ってきて、
「ペレ」についてわたしなりに考える日々。

フラはカヒコ(古典フラ)がいいなと思っていたけれど、
manaさんに出会って、アウアナ(現代フラ)の幸せのあふれる踊りが好きになった。
けれどペレを踊って、あらためてハワイの歴史やフラの意味をおさらいしていたら、
またわたしのなかでカヒコが盛り上がってきたよ。

自然と共に生きてきたハワイの人たち。
大地と深くつながり、神話は日常のなかにいきづいてきたのだろう。

ペレのことを思うと、フラワーエッセンスの植物「ホリー」がうかんでくる。
怒りの裏側にある、普遍の愛に気がつくこと。
他と自をわけてしまったがゆえに感じる孤独と渇望。
愛がなければ命は生まれない。けれど愛の海に浮かびながら、その水を感じられないのはなぜか。
あるがままの姿をせきとめているものはなにか。

ひさしぶりに、作品が生まれそうだよ。

ペレ合宿

2015-05-27(水)

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3泊4日で下関吉母のmanaさんのところにいってきた。
その名もなんとフラ特訓「ペレ強化合宿」!
わたしはね最初は、ゆるゆるこじんまりした合宿を想像して申し込んだの。
3月くらいに申し込んで、その時にはどんな合宿になるから決まっていなくてね。
そしてフタをあけてみたら、7月の発表会に向けて超やる気のあるメンツ大集合。
「ああ、わたしはこの場所にそぐわないかも」と思いつつ、予定通り参加したよ。
もういろんなことを考えずに、流れに身をまかせることに決めたから。

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今回の曲「アイアロウ・ペレ」の主人公は、キラウエア火山の女神様。
溶岩のように煮えたぎる怒りと愛と情熱。
テーマは「自分のなかの怒りと向き合う」。色は赤。

聞いた話によると、この曲を踊り出してから心の奥深くに潜んでいた怒りが浮上してきたという人がたくさんいるとか。わたしのなかの怒り。いつもたっぷり時間があるわたしは、もしかしたらふつうの人よりは心と向き合う時間があるのかもしれない。怒りの奥にある悲しみをみつけることができる。

他の人たちがもう何度も受けているペレのワーク。
けれど、わたしはこれがまったくの初めてときているから、ちょっと心配だったけど、
今回はなんにも考えずに身体を動かすことにした。そしたら、意外といつもよりはおぼえやすかった。
曲が短いというのもあったと思うけれど。

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下関名物の「瓦そば」。熱々の瓦の上に茶そばが乗っていて、瓦の表面に近いそばは焼きそばみたいにパリパリ食べられる。
初めて食べた。おいしかったよー、また食べたいな。

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福岡空港に向かう途中、下関から小倉に出た。
小倉って20年くらい前に行ったことがあったような。
すごい都会だなーと思った。きぢのおみやげは、かつて行列のできていた「クリスピードーナツ」。
おそろしいほどの砂糖だよ。

はからずもたくさんの人たちと過ごすことになった体育会系な時間。
最初から最後まで濃密だった。