Category Archives: 小鳥とうさぎ

プイザーという名のうさぎ

2017-09-04(月)

また、うさぎが私たちの家にやってきた。名前はプイザー・ラビドーグ。
強くて、元気で、でもかわいいプイザーにぴったり。
コニーが旅立ってから2か月。こんなにも早くうさぎさんを迎えることになるなんて思ってもなかった。

だって、あまりにもコニーの存在が大きくなり、そして突然にコニーを失った私たちは途方に暮れていたから。

でも、一か月前に「動物対話」(アニマルコミュニケーションともいう)を初めて経験して、コニーやグリとグラとたくさん話したんだ。

コニーが「うさぎとの暮らしって楽しいでしょ?これに懲りずにまたうさぎを迎えてほしいんだ。ぼくも楽しみにしているよ」って。

コニーがあんなにも命が短かったわけとか、私たちの元にやってきた目的とか、これからのこととか、なるほどって思うことがたくさんあって、私たちも勇気を持って進んでいこうと思ったんだ。

動物って、人が思う以上にいろんなことを理解しているし、私たちと深い深いところで結ばれている。
神様からの預かりもの。動物たちのように心を開いて生きていこう。

コニーに捧げる詩

2017-08-10(木)

「私の可愛い白ウサギを、少しの間、あなたに貸し与えましょう」と神は言われた。

「あなたが、彼を生ある間愛し、彼が死んだら嘆き悲しむために。
12、13年間になるかもしれません。あるいは3年に満たないかもしれません。
それでも、私が彼を呼び戻すまで、私に代わって彼の世話をしてくれますか?」

「彼は愛嬌を振りまいてあなたを楽しませ、たとえ彼の滞在が短くとも、
彼の素晴らしい思い出があなたの悲しみを和らげるでしょう。
すべては地球からここに戻ってくるので、彼がずっとあなたのところに留まると約束することはできません。
でも、地球上でこのウサギに学ばせたいレッスンがあります」

「世界中を見渡してこれにふさわしい教師を探し、人生行路に群れを為す多数の人の中からあなたを選んだのです。では、あなたの愛をすべて彼に与えてくれますかーこの務めを無駄だと思わないで。
そして、彼に再び呼び戻すことになっても私を憎まないでください」

彼らが「あなたの意志が為されますように」と言うのが聞こえたような気がした。
このウサギが喜びをもたらしてくれるからこそ、私たちは悲嘆と言うリスクを冒すのも顧みないのだ。
私たちは、そうできる間は、優しさと愛を彼に注ごう、私たちが知っている幸せのために、永遠に感謝を込めた滞在のために。

私たちの計画よりもずっと早く天使が彼を迎えに行くことがあっても、来るべき痛恨の悲哀に立ち向かい、理解するように努めよう。

ー詠み人知らず

コニー「ぼくは愛の天使さ」

2017-08-04(金)

今日はコニーがお空に帰って四十九日目。
昨日まで東京にいて、数日前に数えてそれがわかったんだけどね。
今日はコニーの想い出にどっぷりつかろうと写真を並べて祭壇を作った。
リモーネにも協力してもらってね。

イキイキと輝くコニー。
生きていることが楽しくてしょうがない。
あふれだす喜び。命の長短は関係ないと教えてくれた愛の天使。

コニーは、うさぎと暮らす楽しさを教えるためにこの世界にやってきたんだって。
一緒にいたのは1年と3か月だけど、完璧に役目を果たしたと自信を持っている。
コニーは私のお手本だよ。

夢で会える

2017-07-20(木)

コニーが去ってから一ヶ月が経った。
ふとした時にコニーがいないのを思い出し寂しくなる。
昨夜も眠る前に「コニー会いたいよ、夢に出てきて!」と心の中で話しかけたら、
1羽のうさぎが夢に出てきた。
あれはコニーだと思う。元気に飛び跳ねたり、走りまわったりしていた。
でも、毛の色がコニーとちょっと違う。コニーはオレンジブラウンだけど、夢の中のうさぎはもう少し落ち着いたブラウン。

コニーが今度生まれかわるなら、あんな色になるのかなとぼんやり思った。
京都で見つけたうさぎ神社で「コニーにまた会えますように」って願ったけれど、きっと叶う気がする。

夢で会う

2017-06-29(木)

眠る前に「コニー、夢に現れて!」とお願いしたら、ほんとうに現れてくれた。
タン、タン、タンと畳を走る足音が、はっきりと耳に残っている。
夢の中のコニーはまだ本調子ではなく、走り終わった後横になるコニーを癒すように何度も撫でた。

夢というのは幻の場所ではなく、眠っている間に訪れることができる生と死の境界線のない世界だと思っている。
だから、そこにはグリとグラもいるし、グスクもいるし、コニーもいるんだ。

手のひらから砂がこぼれるように去っていったコニー。
思い出すひとつひとつのコニーの仕草が愛しくて泣けてくる。

人はどうして、あの時に戻りたいとか、愛しく思い出して悲しくなるのかな。
過去、今、未来、すべての瞬間にあの子はいるのに。

小さな永遠

2017-06-25(日)

西加奈子さんの小説「まく子」を2週間くらい前に読んだ。
そこには、いつかは終わる粒の集まりのこと(身体や目に見えるもの)、永遠に消えないもの(魂)のことが、とってもよく描かれていてすごく感動したけれど、今はその言葉がより心にしみる。

「ぼくの命と言う小さな永遠は絶え、でもいずれみんなの大きな永遠に受け継がれてゆくだろう。
体が朽ちても、心臓が止まっても、ぼくがみんなである限り、ぼくの「ぼくたる所以」はずっと消えはしないのだ。
ぼくはそれを知っている。
粒を交換しながら、朽ちながら、永遠に残るぼくら」

「いつか死ぬことを運命づけられた、そして自分の体の粒を何かに与えることが出来る、優しい生命体だった」

宇宙から「人間」を経験しに来たコズエは、身体が変化していくことや、ものごとが移り変わっていくこと、いずれ消えてしまうことを「だから美しい」という。

器を抜け出したコニーの魂を感じてみる。
風の中に、雨音の中に、私をつつむ空気の中に。
まだ上手に感じることはできないけれど、すこしずつ見つけられたらいい。

「コニー」ってよぶけれど

コニーの最後をしっかりと看取ったのに、コニーがこの世から忽然と姿を消してしまったような気持ちが消えない。毎日、毎日、あんなにも一緒にいたのに、今はなぜ姿が見えないのか。

1週間前に行った海を再び訪れると、梅雨明けして、あの時みたいな薄暗さは全くなく、季節がまた一つ動いたのを感じた。なおさら、コニーがもうここにいないことが虚しく心に響く。

15年以上一緒にいたグリとグラが旅立ち、コニーとリモーネと過ごす日々は、新しい時代を感じてた。
もうすこししたらリモーネの新たなる小鳥仲間を加え、小鳥2羽とうさぎ1羽、人間二人のメンバーでやっていこうと思っていたんだ。

今は、一羽になったリモーネが私たちのお留守番中に寂しくないかがきになる。
他に生きものがいるかいないかでは寂しさがだいぶ違うと、人間の私は思い込んでいる。
リモーネが本当のところどう思っているのかはわからないけれど。

毎日、心の中で何十回も「コニー、コニー」と呼びかけているよ。
世界で一番かしこいうさぎさん。

コニーになにができたのか。

2017-06-23(金)

コニーが旅立ってから明日で1週間が経つ。
先週の今頃は、ご飯を食べなくなったコニーを心配して動物病院に雨の中行ったんだ。

突然のお別れに、3日間はご飯が食べられなくり、夜も少ししか眠れなくなった。
人はこういう突然のお別れの時、中医学的にいうと「腎」にダメージを与え、身動きできなくなるんだって。
なるほど、ちょうど東京からたまが来ていたから、レンタカーで街に行ったり、海に行ったりしていたけれど、私は車の後ろにじっと座っているだけで、ずっと泣いていたもの。

海について、コニーの絵を砂浜に描いて、海と空に向かって「コニー」って呼んで、また泣いた。
美味しいはずのもずくそばも、一口噛んだら涙がたくさん出てきて、味なんて分からなくなった。

4日目少しずつご飯が食べられるようになって、夜もまとめて眠ることができた。
5日目、飛行機に乗って関西へ。コニーが旅についてきてくれている気がして、心の中でずっと話しかけていた。
「コニー、海と空きれいだね」とか「これが電車だよ、速いね」とか。

京都で参加した漢方講座のテーマは「湿」。雨の多いこの季節にピッたりの内容。
というか、湿気に弱いうさぎの体について考えるにはぴったりの内容だった。

コニーが亡くなってから、ずっと何が原因で体調を崩してしまったのかを考えていたんだ。
寿命と言うにはあまりにも、短い生涯だったから。
毎日のご飯と水に気をつけて、おやつも生牧草をあげたり、野草をあげたり、野草を乾燥させたり、うさぎにとって思いつく健康的な生活をいつも考えていた。毎日、好きなようにへやんぽして、グルーミングをして、背中や頭を手でマッサージして、「コニーが健康でありますように」ってお祈りして、他に何ができたのだろう。

連日の雨で、ほぼ100%近い湿度が続いていた。もちろんリモコニのいる部屋は除湿をしていたけれど。
ああ、除湿機も必要だったなとか、夜早くに静かにしてあげればよかったなとか、エアコンの風冷たかったかなとか、いろいろ考えてしまう。

100%の飼育環境なんて難しいってのはわかっているけど。
インコのこともうさぎのことも、これからもっと勉強しようとおもう。
コニーの死を無駄にはしない。大好きだよ、伝説のうさぎコニー。

私は少しでも前に進んで行く。

コニーと眠る最後の夜、そして朝が来た

2017-06-18(日)

眠るコニーのぬけがらの前で、3人で川の字になって眠った(きぢ、エマ、たま)。
何度も目が覚めて、その度にあたたかいコニーがいないことを確認して胸がつまる。
何度も冷たくなったコニーの体を撫でた。毛並みは柔らかく気持ちいいまま。

「死」を知ることで今この時しかない「生」を感じのだろうか。

グリとグラも眠る庭のアセロラの樹の下に、コニーを埋葬した。
そっと穴を掘った土の上にコニーをおくと、本来は土の中に穴を掘って暮らす穴うさぎだったことを思い出した。
でもコニーの魂は、今や、空や海や畳の上を駆け巡っているんだね。

畳の上を草原とし、壁とものの隙間を土のトンネルとして生きた1年半。
コニーのハッピーな顔しか思い浮かばないのに、それは喜ぶことなのに、お別れの悲しみに涙が止まらない。

「コニー夢に出てきて」と願ったら、本当にコニーが夢に登場した。
庭に何気なくいるコニー。私が出て行くと、さっと向こうにかけて行った。
その表情や雰囲気が「今、何が起こっているの?」というキョトンとしたものだった。
今は、コニーも何が起こったのはわからないのかもね。
私もわらかないんだよ、コニー。
あんなに生き生きと命を輝かしていたコニーが、あっというまに旅だってしまったことが。

10年はいっしょに生きるつもりだったよ。

コニー、旅立つ

2017-06-17(土)


今年の春分の日、公園でうさんぽデビューのコニー

2017年6月17日(土)の午前6時半少し前に、うさぎのコニーが天国に旅立ちました。
1歳6か月でした。

前日に体調を崩し、回復しませんでした。

夜は隣で眠り、コニーが姿勢を変えるたびに目を覚まし、コニーの様子を見ました。
すると暗がりからつややかな瞳がこちらを向いているのがわかりました。
明け方、コニーの鼻からいつもと違う呼吸温が出ていたので目をさますと、コニーが外に出たそうなそぶりを見せたので、ドアを開けました。

すると、いつものように飛び出し、薄暗い部屋を少し走りました。でもいつもと足音は違い・・・。
ご飯を昨日から食べられていないので、少し走るとその場に伸びてしまうのです。
眠っているきぢを起こし、コニーを毛布にくるみ、二人で耳をあたためたり、ヒーリングをしました。
するとまた少し元気になり動き出そうと毛布を飛び出します。
でも、もうそれ以上歩けない。

もう一度布に包み、小さなケースに入れてよしよししました。
でも、最後に大きな呼吸を3回して、息を引き取りました。
きぢはコニーを抱き上げ、眠っている自分のお腹の上にしばらく抱いていました。

健康そのものだったコニーがこんなに若くして急に亡くなるなんて今は信じられません。
うさぎは命の境界線に限りなく近い存在だと聞いていたけれど、ああ私に何ができたんだろう。
うさぎがこんなにも素晴らしい存在だと教えてくれたコニー。
一緒に居られる毎日毎日が幸せであふれていたので、今は涙が止まらない。